NHK「ぼやき川柳大賞」を獲る方法

兵庫県のペンネーム落ちこぼれがボツ続きの体験を赤裸々に綴ります。

「ぼやき川柳」の歴史

 ここでぼやき川柳の歴史について触れておく。現在、NHKラジオ第一「関西発ラジオ深夜便」(第1・2・3金曜日午後11時台)で放送されているぼやき川柳はもともと土曜日午後1時5分から始まる「かんさい土曜ほっとタイム」という番組の一コーナーだった。1995年に始まった「関西発土曜サロン」という番組が前身だ。そこに「ぼやきアワー」というコーナーがあった。聴取者からのぼやきのお便りを紹介する形で始まった。だが盛り上がりに欠けたという。スタッフの間でこのコーナーはもうやめようかという話になった。そして96年から名前を変え、「お笑いぼやきアワー」と装いも新たに再スタートしたが残念ながらこれもリスナーの反響が芳しくなかった。転機が訪れたのは97年度。「ぼやきを川柳にして応募してください」という方針に転換した。これが見事に当たった。やがて投句が殺到してさばけないほどになっていった。生放送中にファクスでも投句を受け付けたため、「さきほど自分が詠んだ句がいきなり電波に乘る」という達成感が味わえることになり、リスナーの心はわしづかみにされた。

お題は川柳作家の大西泰世さんが前の週に出す。二題で、だいたいは名詞と動詞か形容詞であることが多い。膨大な量集まった句の選句は大西先生が一人でやり、佐藤アナとその週の女性キャスターが交互に読んでいくスタイルが確立された。音楽を挟んで五十分の間に約100句を読み上げる。キャスターも粒ぞろいだ。千堂あきほさん、奥野史子さん、海原さおりさん、西川かの子さんの4人が週替わりで務めた。番組名物は佐藤アナがコーナーの冒頭で「ぼやき川柳アワワワーー」ともだえるように高らかに宣言する一種の「お触れ」だ。公開放送の会場でも同じようにやるので、「待ってました」と皆が合点して一斉に「失笑」が起きるという構図になっている。続いてアシスタントの女性が以下のような決めぜりふを言う。「武器も持たない、金もない、権力も持たない。庶民の唯一の抵抗手段はぼやき川柳、ぼや川(せん)!」

ここから佐藤アナとキャスターの女性が交互に「○○県の□□さん」と柳号(ペンネーム)を読んだあと、作品を二度読み上げ始める。ボケとツッコミ、先生のユーモアが織りなされて、三人による完璧な鼎談となる。3時25分ごろになると、一呼吸置くため、聴取者からのリクエスト曲をかける。これもお題に沿った曲を選ぶ。お題がもし「ハンカチ」なら、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」をリクエストするといった具合だ。川柳に自信のない人はここが狙い目だ。というのもきょうのお題で川柳が読まれるのは難しいと悟れば、リクエスト曲で自分の名前を読み上げてもらう方がはるかに簡単。ぶっちゃけ競争率が低いからだ。

川柳が読まれると全国津々浦々に電波で流れる。土曜午後3時すぎのまったりした時間を手に汗握りながら聞く者あり、ぼんやりとうたた寝しながら聞く者あり。私の父母のように、愛媛県の片田舎で、田んぼから家に戻り、大阪にいる跡取り息子の消息を知る手立てとしてラジオに耳を澄ませる者もいる。

 番組の最終盤、「それではぼやき川柳大賞の発表です」と佐藤アナが宣言し、ファンファーレが鳴り響く。本日の優秀作として大西先生が選んだ「ぼやき川柳大賞」が都道府県名、ペンネーム(柳号)、作品の順で読み上げられる。作品は復唱する。6句前後だ。選ばれた人には記念品が贈られる。当初はNHKのマスコットキャラクター「どーもくん」や「ななみちゃん」のハンカチタオルだったが、のちにボールペンとクリアファイル、どーもくんのメモ帳に変わった。エンディング近くには大西先生から来週のお題二題が出され、聞き間違えないように佐藤アナが言葉の解説をする。

言うまでもないことだが、このコーナーを屋台骨で支えているのは佐藤誠アナウンサーと川柳作家、大西泰世先生のお人柄だ。二人の掛け合い漫才と、週替わりで担当する女性アシスタントの絶妙な突っ込み(チャチャ)で成り立っていると言っても過言ではない。そのうち誰がボケで誰がツッコミか分からなくなるような関西人の絶妙なしゃべくりには舌を巻く。佐藤アナは放送は標準語で行わなければならないという掟をみずから破った、まさに画期的なアナウンサーだ。関西弁アナの先駆けだった。大西先生は新進気鋭の川柳作家という金看板をなげうって番組に登場した。節度の利いた二人の絶妙な掛け合いはまさに芸術の域。たとえば窓際族が会社で出世した人のことを悪く言う、あるいは自分を卑下する川柳を作って応募してきたとする。それを読み上げたあと、佐藤アナは「まあ会社で偉いと言うてもねえ」と一言。そこで止め、その先は決して言わない。踏み外さない。大西先生がすごいのは、間違っても人の句を悪く言わないことだ。「ぼやき」という人間の本性・不平不満を太っ腹で鷹揚に受け止めてくださる。佐藤アナと年齢が近いことでちょうど良い加減を醸し出すのだろう。

 全国には番組の熱烈なファンがいて、毎週放送を速記で記録してブログに「速報」として上げる元タイピスト新潟県のはなさんを始め、達筆の毛筆の文字で半紙に句を書いて郵送で応募してくる新潟県の神林威(たけし)さん、録音して放送された全部の句を紙に書き起こし、通院の暇を見つけては読み返す人、都道府県別入賞者数ランキングや個人別入賞数ランキングを作成して番組に報告した人、点字で応募してきた人もいる。